数学の歴史と哲学
古代の数学
古代エジプト・メソポタミア・ギリシャ・中国・インドの数学:単位分数、60進法粘土板、エウクレイデスの証明、プラトン立体、多角形によるπの評価、ゼロ。
現代の記号や教科書が生まれるはるか以前から、数学は大河の流域——エジプトのナイル川、メソポタミアのティグリス川とユーフラテス川、中国の黄河と長江、インドのインダス川とガンジス川——で独立に芽生え、洪水後の農地の測量、暦の作成、建造物の築造、徴税を支えていた。紀元前6世紀から紀元前3世紀頃にかけて、ギリシャの数学者たちは決定的な習慣をつけ加えた。明示された公理からの演繹的証明を求めることである。
直観古代エジプトとメソポタミア
古代エジプトの数学を最もよく伝える史料は、リンド数学パピルス(紀元前1850年頃の中王国時代の原本から、書記アフメスが紀元前1650年頃に筆写したもの)とモスクワ数学パピルス(紀元前1850年頃)である。エジプトの書記は端数を相異なる単位分数 n1 の和として表し(32 のみ特別の記号を用いた)、倍加の繰り返しによって乗法を行い、穀物倉の容積やピラミッドの勾配、正四角錐台の体積といった実務問題を解いた。
例: エジプトの円の面積規則(リンド・パピルス第50問)
リンド・パピルス第50問では、直径 d の円の面積を、直径からその 91 を引いて2乗する式 A≈(d−9d)2=(98d)2 で近似している。d=9 ケトのときの面積を計算し、この規則が暗に用いている π の近似値を求めよ。
解答
ステップ1(アフメスの規則の適用): d=9 ケトを9分の1減じた直径の式に代入すると 98d=8 ケトとなる。この等積正方形の1辺を2乗すると、円形の土地の面積 A≈82=64 平方ケトが得られる。
**ステップ2(対応する π の近似値):** 一般式 (98d)2=8164d2 を正確な円の面積公式 π(2d)2=4πd2 と比較すると π≈81256≈3.1605 が得られ、真の π の値からの誤差は 0.6% 未満である。
古バビロニア時代(紀元前1900〜1600年頃)のメソポタミアでは、書記たちが粘土板に楔形文字を刻み、**位取り記数法による 60 進法(六十進法)**を用いていた。これは1時間を 60 分、円周を 360∘ とする現代の単位の直接の起源である。粘土板 YBC 7289(紀元前1800〜1600年頃)には単位正方形の対角線が 1+6024+60251+60310=216000305470≈1.41421296 と記されており、2 を小数点以下6桁まで正確に表している。また粘土板 プリンプトン 322(紀元前1800年頃)には、ピタゴラスより千年も前に、ピタゴラス数の組 (a,b,c) で a2+b2=c2 を満たす大きな数が15行にわたって並び、その中には (12709,13500,18541) も含まれている。
中高古代ギリシャ:演繹的証明、エウクレイデス、アルキメデス
エジプトやバビロニアの文書が数値的な手順を示したのに対し、ギリシャの数学(紀元前6世紀以降、伝統的にミレトスのタレスとピタゴラス学派に始まる)は、幾何学や算術の命題がなぜあらゆる場合に成り立つのかを論理的に証明することを求めた。
直角を挟む2辺を a, b、斜辺を c とする任意の直角三角形において、斜辺の上の正方形の面積は他の2辺の上の正方形の面積の和に等しい:a2+b2=c2。
なぜ正しいのか?
メソポタミアや中国(勾股の法)でも経験的に知られていたが、エウクレイデス(ユークリッド)の『原論』(紀元前300年頃)第I巻命題47において、直角の頂点から垂線を下ろして斜辺上の正方形を面積が a2 と b2 に等しい二つの長方形に分割する演繹的証明が与えられた。
証明
ステップ1(正方形の分割/勾股図): 直角を挟む2辺が a,b、斜辺が c の合同な4つの直角三角形を、1辺の長さ a+b の大きな正方形の周囲に配置する。直角三角形の2つの鋭角の和は α+β=90∘ なので、隣り合う斜辺がなす内側の各角は 180∘−(α+β)=90∘ となり、中央の領域は1辺 c・面積 c2 の傾いた正方形になる。
ステップ2(2通りの面積計算の比較): 外側の正方形の面積を代数的に展開すると (a+b)2=a2+2ab+b2 となる。同じ正方形を中央の正方形と4つの直角三角形の和として表すと c2+4⋅21ab=c2+2ab となる。両式から 2ab を引けば a2+b2=c2 が得られる。
ステップ3(エウクレイデスの垂線射影による証明、『原論』第I巻命題47): 直角の頂点から斜辺へ垂線を下ろし、斜辺 c を p+q=c となる2つの線分 p と q に分ける。三角形の相似(またはエウクレイデスの等積変形)により、2つの直角辺上の正方形の面積はそれぞれ a2=cp および b2=cq に等しい。両者を足し合わせると a2+b2=cp+cq=c(p+q)=c2 となる。
エウクレイデス『原論』第XIII巻の5種類のプラトン立体(表示中は12個の正五角形面からなる正十二面体。立体の切り替えや面の展開が可能)。素数は無限に存在する。任意の有限個の素数の並び p1,p2,…,pn に対して、その中に含まれない素数が存在する。
なぜ正しいのか?
エウクレイデスは N=p1p2⋯pn+1 を考える。N>1 より N は素因数 q をもつ。どの pi も N を割り切らない(N を pi で割ると余りが 1 になるため)。したがって q は {p1,…,pn} の外にある新しい素数である。
証明
ステップ1(エウクレイデスの構成、『原論』第IX巻命題20): 任意の有限個の素数の並び p1,p2,…,pn に対し、整数 N=p1p2⋯pn+1 を定める。p1≥2 より積 p1p2⋯pn≥2 であるから N≥2+1=3>1 となる。
ステップ2(素因数の存在、『原論』第VII巻命題31): 1 より大きいすべての整数は素因数 q をもつ(1 より大きい最小の約数は必ず素数である)ため、q∣N を満たす素数 q が存在する。
ステップ3(与えられたリストの素数の排除): もしある i∈{1,…,n} に対して q=pi であれば、q∣p1p2⋯pn となる。同時に q∣N でもあるから、q はその差 q∣(N−p1p2⋯pn)=1 を割り切らねばならないが、これは q≥2 に矛盾する。したがって q∈/{p1,p2,…,pn} であり、いかなる有限個の素数のリストも不完全であることが示された。
半径 r の球は表面積 S=4πr2 と体積 V=34πr3 をもち、その比は 32 となる——すなわち全表面積 6πr2・体積 2πr3 の外接円柱(底面の半径 r、高さ 2r)のちょうど3分の2に等しい。
なぜ正しいのか?
『球と円柱について』(紀元前225年頃)および『方法』において、アルキメデスは仮想的なてこの上で球と円錐の断面を円柱と釣り合わせることで関係を見いだし、さらに取り尽くし法による厳密な証明を与えた。彼はこの 32 という比を誇りとし、円柱に内接する球の図を墓標に刻むよう遺言した。
証明
ステップ1(アルキメデスの断面設定): 半径 r の半球の横に、底面の半径 r・高さ r の直円柱から逆向きの直円錐(頂点が底面中心、上端の半径 r、高さ r)をくり抜いた立体を置く。両方の立体を底面からの高さ z∈[0,r] の水平面で切断する。
ステップ2(断面積の一致): 高さ z∈[0,r] における半球の断面はピタゴラスの定理より半径 ρ=r2−z2 の円となり、その面積は Asphere(z)=πρ2=π(r2−z2) である。同じ高さ z∈[0,r] における円錐の断面は相似より半径 z の円なので、円錐をくり抜いた円柱の円環断面の面積は Aannulus(z)=πr2−πz2=π(r2−z2) となって完全に一致する。
ステップ3(体積比と表面積比の導出): すべての高さ z∈[0,r] で断面積が等しいため、カヴァリエリの原理(およびアルキメデスのてこの原理・取り尽くし法)により、半球の体積は円柱から円錐を引いた Vhemi=πr3−31πr3=32πr3 となる。これを2倍して球全体の体積 V=34πr3=32(2πr3) を得る。さらに球を中心からの高さ r の微小な錐体に分割すると V=31rS となるため、S=r3V=4πr2=32(6πr2) が従う。
a2+b2=c2,Vsphere=34πr3=32Vcylinder,Ssphere=4πr2=32Scylinder 中高古代中国とインド:アルゴリズム、多角形による π、ゼロ
中国では、算木とよばれる竹の棒を用いた十進位取り記数法(正の数を赤、負の数を黒の算木で表す)によって計算が行われ、古典『九章算術』(古い文献をもとに紀元1世紀頃にほぼ現在の形に編纂)がまとめられた。収録された 246 問は分数、土地の面積、体積、勾股(直角三角形)の法、そして第8章「方程」を含み、そこでは算盤上の列基本変形によって連立一次方程式が解かれている——これは今日ガウスの消去法とよばれる手順そのものである。
単位円(r=1)において中心角 θ=30∘ は円周の12分の1を切り取る。sinθ は中心角 60∘ に対する半弦(内接正六角形の1辺 =1 の半分)であり、劉徽が正多角形の辺数を 6→12→24→⋯ と倍加して π を求めた出発点に対応する。s2n=2−4−sn2,37110<π<371,π≈113355≈3.1415929 例: 劉徽の割円術:正六角形(n = 6)から正十二角形(n = 12)への倍加
半径 r=1 の円に内接する正六角形の1辺は s6=1 であり、古代の周長評価 π6=3 を与える。ピタゴラスの定理を用いて内接正 12 角形の1辺 s12=2−3 を導き、改良された下界 π12=6s12≈3.1058 を求めよ。
解答
ステップ1(正六角形の辺心距離と矢): 単位円 r=1 に内接する正六角形の1辺 s6=1 を二等分すると、斜辺 1・半弦 21 の直角三角形ができるため、中心からの距離は h6=12−(1/2)2=23 となり、円周までの残りの矢(サジッタ)は 1−h6=1−23 となる。
ステップ2(正十二角形の辺と周長の下界): 2辺を 21 と 1−h6=1−23 とする直角三角形にピタゴラスの定理を適用すると s122=(21)2+(1−23)2=41+1−3+43=2−3 となり、s12=2−3 が得られる。したがって内接正 12 角形の半周長は π12=6s12≈3.1058 となり、π6=3 を真に改良する。
古代の五つの数学伝統の比較| 文明 | 記数法 | 代表的文献・遺物 | π の近似 |
|---|
| エジプト | 10 進加法的記数法+単位分数 n1 | リンド・モスクワ数学パピルス(前1850〜1650年頃) | 81256≈3.1605 |
| メソポタミア | 位取り 60 進法(六十進法) | プリンプトン322、YBC 7289(前1800〜1600年頃) | 3 または 381=3.125 |
| ギリシャ | アルファベット数字+幾何学的量 | エウクレイデス『原論』(前300年頃)、アルキメデス(前225年頃) | 37110<π<371 |
| 中国 | 十進位取り算木(負の数を含む) | 『九章算術』(1世紀頃)、劉徽(263年)、祖沖之(5世紀) | 113355≈3.1415929 |
| インド | 0 と負の数を含む十進位取り記数法 | 『シュルバ・スートラ』、アールヤバタ(499年)、ブラフマグプタ(628年) | 2000062832=3.1416 |
粘土板の上で位取り 60 進法(六十進法)を発達させ、1時間を 60 分、円周を 360∘ とする起源となった古代文明はどれか?
エウクレイデス『原論』(紀元前300年頃)の第XIII巻は、凸正多面体について何を作図・証明しているか?
劉徽(263年)と祖沖之(5世紀)はどのようにして π の精密な評価を得たか?
628年の著書『ブラーフマスプタ・シッダーンタ』において、ゼロ(0)と負の数の明示的な算術規則および円に内接する四角形の面積公式を与えた数学者は誰か?