ケネス・アペル
1932–2013, アメリカ合衆国ニューヨーク州ブルックリン, アメリカ合衆国ニューハンプシャー州ドーバー
組合せ論と離散数学
ウォルフガング・ハーケンとともに、コンピュータ支援の場合分けによって1976年に四色定理を証明したアメリカの数学者。
ケネス・アペルはニューヨーク州ブルックリンで生まれ、保険数理士としての勤務と米軍での兵役を経て、1959年にロジャー・リンドンの指導のもとミシガン大学で数学の博士号を取得した。1961年にイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校の数学科に加わった。
同僚のウォルフガング・ハーケンとともに、アペルは1852年に初めて提起された四色予想を有限個の検査可能な地図配置に帰着させる戦略の構築に何年も費やした。1976年、二人は証明を発表した。あらゆる反例候補は1,936個の避けられない配置のいずれかを含まねばならず、IBMのコンピュータが千時間以上をかけて各配置を検証した。これはコンピュータに本質的に依存した証明を持つ最初の大定理であり、何をもって数学的証明とみなすかという長い論争を引き起こした。
アペルとハーケンはこの業績により1979年にフルカーソン賞を共同受賞した。アペルはその後ニューハンプシャー大学で数学科長を務め、2003年に退職した。2013年、ニューハンプシャー州ドーバーで死去した。
所属先: イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校, ニューハンプシャー大学
アメリカ合衆国