ポール・エルデシュ
1913–1996, オーストリア=ハンガリー帝国ブダペスト(現ハンガリー), ポーランド、ワルシャワ
組合せ論と離散数学算術と数論確率と統計
生涯を旅のうちに過ごし、500人以上の共著者と1,500編を超える論文を書いたハンガリーの数学者。組合せ論における確率的手法、ラムゼー理論、極値グラフ理論、素数定理の初等的証明を切り開いた。
ポール・エルデシュはブダペストで高校の数学教師である両親のもとに生まれた。パーズマニ・ペーテル大学の学部生だった18歳のとき、nと2nの間には必ず素数が存在するというベルトランの仮説に簡潔な初等的証明を与え、1934年に博士号を取得した。反ユダヤ主義の高まりによりハンガリーを離れざるを得なくなり、マンチェスターのフェローシップを経て1938年にアメリカへ渡った。
エルデシュは抽象的な理論体系を築くよりも、具体的な問題を提起し解くタイプの数学者であり、彼の問いは離散数学の姿を一変させた。ジョージ・セケレシュとともにラムゼー理論の初期の礎石となる定理を証明し(1935年)、1947年にはランダム彩色を用いてラムゼー数の下界を与えて確率的手法を創始、アルフレード・レーニとともにランダムグラフの理論を築き(1959〜1960年)、1949年にはアトレ・セルバーグと素数定理の初の初等的証明を見いだした。
人生の大半において定住地も常勤職も持たず、スーツケース一つで世界中の大学や共同研究者のもとを巡り、「私の脳は開いている」と告げて共同研究を始め、自ら提起した未解決問題に懸賞金をかけた。約1,500編の論文を発表して共著距離を表す「エルデシュ数」を生んだほか、1983年のウルフ賞の賞金もほとんどすべて寄付した。
所属先: ハンガリー科学アカデミー, テクニオン・イスラエル工科大学
ハンガリー