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華羅庚

現地表記: 华罗庚

1910–1985, 中国江蘇省金壇, 日本、東京

算術と数論代数学解析学

独学で頭角を現した中国の数学者。解析的整数論(三角和とウェアリングの問題)、古典群、多変数関数論に永続的な業績を残し、中国における現代数学研究の基盤を築いた。

華羅庚は江蘇省金壇の貧しい家庭に育ち、腸チフスで左脚に麻痺が残り、上海の職業学校も学費不足で中退せざるを得なかった。昼は父の小さな店を手伝い、夜はランプの灯りで数学を独学し、1930年には五次方程式の解法を主張する論文の誤りを指摘する短報を発表した。これが清華大学の熊慶来の目に留まり、1931年に同大学へ招かれ、学位を持たないまま図書係からわずか3年で講師へと昇進した。

1936年から1938年にかけてケンブリッジ大学でG. H. ハーディ、ハロルド・ダヴェンポート、ハンス・ハイルブロンらと研究し、ハーディ・リトルウッドの円周法、ウェアリングの問題、指数和に取り組んだ。戦時下の中国に帰国して昆明の西南連合大学で研究を続け、ヴィノグラードフの三角和の方法を精密化して著書『加法的素数論』にまとめた。1940年代後半にはプリンストン高等研究所およびイリノイ大学教授として、行列の幾何学、古典群、古典領域上の多変数複素関数の調和解析など新たな研究領域を切り開いた。

1950年に北京へ戻り、1952年には中国科学院数学研究所の初代所長となって、ゴールドバッハ予想の陳景潤をはじめとする一世代の中国人数学者を育て、晩年には産業界への最適化手法の普及にも尽力した。

所属先: 清華大学, ケンブリッジ大学, イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校, 中国科学院

中国

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