アレクサンドリアのエウクレイデス
現地表記: Εὐκλείδης
紀元前300年頃アレクサンドリアで活動したギリシアの数学者。著書『原論』(ストイケイア)は幾何学と数論を定義・公理・証明の連鎖として体系化し、その後二千年以上にわたり数学の姿を形づくった。
エウクレイデスの生涯については確かなことがほとんど分かっていない。同時代の記録は残っておらず、古代から語り継がれる伝記的逸話——アテネで学んだ、プトレマイオス1世に「幾何学に王道はない」と告げた、といった話——は、彼より何世紀も後の著述家、主にプロクロス(5世紀)とアレクサンドリアのパップス(4世紀)によるものである。独立した出典で生没年を確認できないため、本頁では生年・没年を記載せず、慣例に従って活動時期(紀元前300年頃)のみで年代づける。当時アレクサンドリアの数学学校で教えており、同地はプトレマイオス1世が治めるヘレニズム王国の一部で、現在のエジプトに当たる。
エウクレイデスの名声は『原論』(ストイケイア)全13巻に基づく。同書は当時知られていた幾何学、比例論、数論を、少数の定義・公準・共通概念から出発する一つの演繹体系にまとめ直したものである。第1巻は正三角形の作図から始まり、ピタゴラスの定理とその逆の証明で終わる。第5・6巻は後にエウドクソスに帰される比例論を展開し、第7〜9巻は数論を扱い、素数が無限に存在することの証明や、今日ユークリッドの互除法と呼ばれる最大公約数の算法が含まれる。第1巻を締めくくる平行線公準は、他の公理から独立していることが証明されるまでに二千年を要し、それが非ユークリッド幾何学の誕生につながった。
『原論』はエウクレイデス自身の発見の記録というより、紀元前300年時点で知られていた幾何学の決定的な集大成であったが、その公理的方法——明示された少数の仮定から出発し、論理的証明によって他のすべてを導く——は厳密な数学そのものの模範となった。同書は古代から絶えず書写・翻訳・注釈され、イスラム黄金時代を経てルネサンス期のヨーロッパへと伝わり、一部の学校制度では20世紀に至るまで標準的な幾何学の教科書であり続けた。
所属先: アレクサンドリアの数学学校
エジプト